日本の家電はどうして高機能化一辺倒なのか(北米と比べて)

下記エントリーに対するBookmarkコメントを読んで、意外に本質っぽいところを突いている方が少なかったので、フォローしておきたいと思う。

米国に住んでいて「あー日本の家電はこっちじゃ売れないよなあ」と思ってしまう理由

まず、元エントリのyoosee氏の指摘はごもっとも。実際マーケットを見ていてもそう感じる。「じゃぁ、どうしてそうなの?」を斬っていくと、単純に米国の家は広いからだとか、日本人がハイテクオタクだからとか、根本的にはそういう話じゃぁない*1

結論は2つある。日本人が"異常なまで有名家電メーカー品(特に国内モノ)にこだわる"という特性があることが1つ。もう1つは"日本の大手家電メーカーはハイテク(インテリジェント)家電の勝負でしか生き残れない"かだら。

つまり、日本人が日本の大手家電メーカー品にこだわるあまり、大手家電メーカーが望むような商品以外の選択肢を絶たれてしまっている...と。ちょっと言葉は悪いが、イメージとしてはこんな感じ。


では、詳しく解説していこう。

日本の大手家電メーカーの強みは要素技術・機構設計・生産技術

今日の本題はここ。不必要なまでの「ハードウェアにおけるハイスペックさ」こそが日本大手家電メーカーの強みであり、競争力の源泉である。ハードにおけるハイスペックとはこれすなわち、要素技術・機構設計・生産技術の3つによってもたらされるものでなければならない。

どうしてか?

ありふれた要素技術を組み合わせ、枯れた機構を用いて設計された、生産が容易な商品なんてものはパナソニーシャープなんてブランド名をつけて売ろうとすると、まったくもって価格競争力を持てないのだ。不良率・故障率を一定の率以下にしなければブランドが傷つくし、サポートデスクに繋がらなければこれまたブランドが傷つく。ブランドを背負う以上、環境に配慮した部品選定をしなければ許されないし、日本で働く正社員の給与も高い。さらに、重厚長大な本社機構・R&D機構の人員を食わせるためにはそれなりの+αの費用がかかる。他の商品群のことを考えると、量販店やその他チャネルとの不必要な摩擦は避けたく、チャレンジングな流通との交渉などもし辛い。

この話をするときにはいつもビデオカメラを例に出すのだが、小型ビデオテープを巧みにローディングする複雑なテープ送り機構を(壊れないように)設計し、小型の高倍率ズーム光学機構と組み合わせて手のひらサイズに凝縮、大型液晶を備え、それでいて少ないバッテリー長時間駆動するというDVテープ後期のモデルなどは要素技術・機構設計・生産技術それぞれで強力な参入障壁を築き、価格を高いレベルでとどまらせることに成功した典型だ。

記録はSDカードにしてくれればよくて、そんなに高画質・高倍率のズームレンズなんていらないし、画質もVGAか720Pでいいし、バッテリーも1時間持てば十分だよ、という市場の要求に応えてしまうと、中国・台湾メーカーの商品に価格面で勝てなくなってしまうのだ。結果、ハイスペック、インテリジェント、といった方向にしか活路を見出せなくなってしまったわけである。

一例を挙げよう。下記Walmartサイトで販売されているAiptekのビデオカメラ、1080p(横は1440だが)が撮影できて光学3倍ズームがついたSDカード記録モデルが$149だ。実際購入して使っているが、とってもチープな作りだし、オートフォーカスの精度もいまいち。レンズは暗いし、バッテリーもそれほど持たない。でも、これで十二分に使えてしまう。むしろデカくてゴツいJVCPanasonicのカメラよりも使い勝手が良い場面も多々あるぐらい。
http://www.walmart.com/catalog/product.do?product_id=9208238

流石にこの価格帯で勝負するのは無理だし、できたとしても利益は期待できない。

国内有名家電メーカー品にこだわる国民性

日本の大手家電メーカーの商品はこれでもかと言うほど品質(サポートも含めてあらゆる意味で)が高い。これは誰もが認める事実である。日本は世界でもっとも「グローバルで上位を争ってるメーカーがひしめいている国」であることも間違い無い*2。結果、安かろう悪かろうではない、高品質なものを作っているメーカーだらけの国だからだろうか、海外製家電を買うという文化がまるでないという特性になった。

SamsungもLGもPhilipsKodakも日本市場には入ってこれない。彼らの商品もモノによっては良く出来ているのだが、誰も買わない。

そしてハイスペック品ばかりの国ニッポンに

かくして、ハイスペック品だけしか選択肢が無い国ニッポンが出来上がる。中国・台湾・韓国メーカーの安価な商品が流入してきたときに「ハイスペックな奴ぁいらないからこれで十分」として市場が日本メーカーにそっぽを向く、ということがないことがわかっている以上、ロースペック商品を突っ込んで収益性の低い事業をやるメリットは(大手メーカーには)ない。

たまに中堅メーカーの誰かが浮気して、ロースペックな商品を市場投入したとする。例えば先のAIPTEK製ビデオカメラのような商品をF社なりが出したとしよう。そうすると、体力に余裕がある大手メーカー(PとかSとか)が、利益率無視でさらに安い(あるいは同価格でスペックが少し高い)商品を突っ込む。結果、体力のないF社は価格についていけず低価格商品から撤退。それをみて大手メーカーは低価格商品そのものをやめてしまう、あるいはモデルチェンジのタイミングでじわじわと高性能化させて価格を引き上げていくことで市場をもとの健全な「ハイスペック品ONLY」の状態に戻すことができるというわけだ。競合プレイヤーの数が限られているうちはこの戦略が通用する。日本の家電メーカーの数なんて知れているのだから、数社をこれで蹴落としてしまえば当分安泰である。

では北米でこれをやったらどうなるか? 勿論先のAIPTEK社はつぶせるかもしれない。だが、それをみてしめしめと価格・スペックを引き上げにかかった瞬間、第二第三のAIPTEKが中国・台湾から何社も押し寄せて来て、永遠に終わらないループが始まってしまうのだ。


とはいえ収入格差の大きい北米市場において低価格帯商品を完全に切り捨ててしまうわけにもいかず、アメリカ市場スペシャルという形で、キヤノンJVCは驚くほど低価格のモデルを投入し、『ちょっと高級な低いスペック品』によって中国・韓国メーカーのシェアを少しでも食ってやろうと牽制を続けているというのが現状だ。

CanonはFS100というSDカードに書き込めて$400を切るようなモデルを出しているし、SONYNSC(Net sharing cam)シリーズという$149の激安モデルを出しているが、これらは先のAIPTEK製品のようにハイビジョン動画を撮影することはできない。中国・台湾モデルでVGA撮影ができる製品となると$100を切っているのだから、見てのとおり価格では戦えていないのである。

※当然だが、これらのモデルはメリットがないので日本市場には投入されていない。表向きはそんな低いスペックの商品をほしがる日本人はいないからだということなのかもしれないが、もし流行ってしまったら、折角10万円前後に価格を高止まりさせている国内ビデオカメラ市場の平均販売価格が下がってしまい、収益性が低くなってしまう可能性があるので投入したくない、という部分も多分にあるはず。Panasonicは試験的にオンライン限定で北米用低価格モデルを国内に投入している(http://panasonic.jp/dvc/s7/)

まとめ

というわけでビデオカメラを例に見てきたが、他の家電群においても基本この傾向は変わらない。冒頭引用したエントリーの「でかくて安い」論にもどると、米国ではLGだろうがAIPTEKのような無名メーカーだろうが、使途に合ったスペックの商品であれば購入する文化がある。というのが、この話の根底にある最も重要な要素。

そうすると、必要最低限の機能で安い、という商品を米国市場に投入する中国・台湾・韓国メーカーが多数現れる。結果一部のマニアや高収入者はスペック重視の日本製高性能品を購入するかもしれないが、大多数の人は安い商品に流れる、という図式ができあがるわけである。これがアメリカ市場で「シンプル」で「安い」あるいは「デカくて安い(機能はSimple)」な商品ばかりのように見える理由。

そして国内商品が無駄にハイスペックでインテリジェントなのは、それらを実現するための要素・設計・生産技術が競合阻止要因だからだ。静かな掃除機、超低消費電力な冷蔵庫、無駄に多機能な電子レンジといった白物の世界も、今回例にあげたビデオカムコーダーと同じようなものである。超高倍率ズーム技術やそれを実現するための部品を、静音化技術やそれを実現するための部品(高級ベアリングや特殊素材のファンブレードなど)に置き換えて読み替えてもらえばいいはずだ。

おまけ・補足

ちなみにここまでで述べた国内大手家電メーカーに、船井電機ならびに三洋電機の一部は入っていない。

あと、家電製品ではなくPCにおいては徐々に「国内メーカー品じゃないと買わない」という文化が崩れ始めてきたため、Dell、HP、ASUSACERといった台湾系(米企業だけど中身は台湾)商品によって国内メーカーによる高スペック縛りが解け始めているのが現状である。

というわけで諸兄が国内大手メーカーじゃない商品を積極的に買っていくことで、現状が変わってゆくかもしれない。



※某大企業の社内誌の取材を受けて話した内容とほぼ同じなので、某大企業の方は社内報で同様の内容を見てウンザリするかも。お許しを

*1:結果論的には洗脳されてそうなってしまっているとしても

*2:ちなみに2位は韓国